厚生労働省の概算要求を読む — 増えた1兆5370億円の内訳

厚生労働省が公表した「令和9年度厚生労働省予算概算要求の姿」は、わずか3ページの資料です。1ページ目は表紙。2ページ目に一般会計と特別会計の表。3ページ目に、財務省が作成した「令和9年度予算の概算要求に当たっての基本的な方針について」が載っています。

報道が伝えた「36兆5803億円、前年度比4.4%増」という数字は、この2ページ目の表の一行目にあります。過去最大の要求額です。しかし、この資料の読みどころは、その一行ではありません。

増えた1兆5370億円は、どこにあるのか

一般会計の要求額は、令和8年度当初予算の35兆433億円に対して36兆5803億円。増加額は1兆5370億円です。この増加分がどこに積まれたかを、同じ表の内訳から拾ってみます。

区分令和8年度予算額令和9年度要求額増減
一般会計350,433365,803+15,370
うち 年金・医療等に係る経費333,475336,872+3,397
うち 裁量的経費7,30018,426+11,125
うち「強く豊かな日本」投資枠−10,337+10,337
うち 義務的経費9,65810,506+848

(単位:億円。厚生労働省「令和9年度厚生労働省予算概算要求の姿」より作成)

裁量的経費が7300億円から1兆8426億円へ、2.5倍になっています。増加額は1兆1125億円。一般会計全体の増加分1兆5370億円の、7割以上がここにあります。

ただし、その下の行を見てください。「強く豊かな日本」投資枠が1兆337億円。前年度は「−」、つまり存在していません。今年新設された枠です。

要求額1兆8426億円から、この投資枠1兆337億円を差し引くと、8089億円になります。前年度は7300億円でしたから、その差は789億円。投資枠を除いた裁量的経費の伸びは、およそ1割にとどまります。

「4.4%増、過去最大」という見出しの内側は、こういう構造になっています。増加分の3分の2は、今年から新しく作られた枠に乗っています。

「自然増+0.39兆円」と書かれていること、書かれていないこと

一方、年金・医療等に係る経費は33兆3475億円から33兆6872億円で、増加額は3397億円。伸び率にすると1.0%です。厚生労働省の一般会計36兆5803億円のうち、9割超をこの経費が占めています。

3ページ目の財務省資料では、この部分が一行で表現されています。

「自然増(+0.39兆円)」

そして、そのすぐ下に、小さな文字で注記があります。

「予算編成過程で、高齢化による増加分に相当する伸びに、経済・物価動向等を踏まえた対応に相当する増加分を加算」

この一文は、読み方によっては、この資料でもっとも重要な箇所かもしれません。要求の段階で積まれているのは高齢化等による自然増だけであり、物価や賃金の上昇に対応する分は、まだ入っていないということを意味しています。それは年末の予算編成過程で加算される、と先に宣言してあります。

同じ財務省資料の冒頭、基本的な方針の2つ目にも、対応する記述があります。「要求・要望は賃金や調達価格の上昇を踏まえて行い、予算編成過程において、令和8年度予算から実現した『経済・物価動向等の的確な反映』を実現」。

令和8年度の診療報酬改定は、改定率が診療報酬本体で+3.09%と、近年にない水準になりました。物価高騰と賃金上昇が大きなテーマとなった改定です。その考え方を令和9年度予算でも継続する、という筋がここに書かれています。ただし、それがどの程度の規模になるかは、要求の数字には表れません。

「補正予算依存から脱却し」

基本的な方針には、もう一つ、下線が引かれた一文があります。

「補正予算依存から脱却し恒常的な施策は当初予算に計上するため、適切に要求・要望。」

医療・介護の分野では、近年、物価高騰対応や施設整備の支援が、年度途中の補正予算で措置されることが少なくありませんでした。補正予算は単年度の措置であり、翌年も続く保証がありません。現場の側から見ると、来年度の計画が立てにくい。

恒常的な施策を当初予算に移すという方針は、その予見可能性を上げる方向の話です。今回の要求で、福祉施設整備費が前年度の2倍に積まれたと報じられているのも、この文脈で読むことができます。

もっとも、この方針には条件が付いています。同じ資料の「予算編成過程における検討事項」には、こうあります。「当初予算での措置を要する恒常的な施策などの重要政策については、『「強く豊かな日本」投資枠』を活用するほか、必要に応じて、事項のみの要求も含め、適切に要求・要望を行い、予算編成過程において検討」。

「事項要求」とは、金額を入れずに項目だけを立てておく要求のことです。金額は年末に決まります。この言葉が、3ページの資料の中に三度出てきます。

上限のない枠

裁量的経費には「+20%要望可」という上限が設定されています。従来からの標準的な扱いです。

これに対して「強く豊かな日本」投資枠には、「要求上限を設けず、事項要求も含め、所要額を適切に要求」と書かれています。上限がありません。

さらに、その注記にはこうあります。「通常歳出(裁量的経費等)との関係について、予算編成過程において精査」。投資枠に乗せた施策と、通常の裁量的経費との関係は、まだ整理されていない、ということです。

上限のない新しい枠が作られ、その枠と従来の経費との関係は年末に精査される。要求額が過去最大になったこと自体は、この枠組みから見ればある意味で当然の帰結でもあります。実際にどうなるかは、これからの折衝しだいです。

報道されない75兆円

最後に、同じ2ページ目の下半分にある特別会計の表にも触れておきたいと思います。

年金特別会計は74兆4280億円から75兆8518億円へ、1兆4237億円の増。労働保険特別会計は3兆4292億円から3兆4687億円。子ども・子育て支援特別会計(育児休業等給付勘定)は1兆966億円から1兆1290億円。東日本大震災復興特別会計は95億円から622億円と、6倍を超えています。

「厚生労働省の予算36兆5803億円」として報じられるのは、一般会計の数字です。年金特別会計だけで、その2倍を超える規模があります。社会保障の全体像を見るときには、この二つの表を並べて見る必要があります。

年末に向けて

概算要求は、要求です。決定ではありません。ここから年末の予算編成に向けて、数字は動きます。

今回の資料を読む限り、動く余地が明示的に残されている箇所は少なくありません。年金・医療等における物価・賃金対応分。上限のない投資枠と通常歳出との関係。三度出てくる「事項要求」。そして「予算編成過程において検討」という表現は、3ページの中に十数回現れます。

医療・介護の現場から見れば、賃金や物価の上昇に制度がどこまで追いつくのかは、来年度の運営に直結します。同時に、社会保障関係費の増加は国の財政にとって大きな課題であり続けています。増やすべきものと、効率化すべきものを、どう見分けるか。

その判断の材料は、年末までに公表される資料の中に、少しずつ現れてきます。要求の段階で何が書かれ、何が書かれていなかったかを覚えておくと、12月に出てくる数字の意味が読みやすくなると思います。国民にとって最も望ましい配分は何かを考えるために、こうした資料を丁寧に追いかけていくことが必要だと思います。

参照した資料

  • 厚生労働省「令和9年度厚生労働省所管予算概算要求関係」
    https://www.mhlw.go.jp/wp/yosan/yosan/27syokan/index.html
  • 同「Ⅰ 令和9年度予算概算要求の姿」(同ページ内)
  • 財務省「令和9年度予算の概算要求に当たっての基本的な方針について」(上記資料3ページに掲載)
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