前回、令和9年度厚生労働省予算概算要求の増加分1兆5370億円のうち、1兆337億円が今年新設された「強く豊かな日本」投資枠だ、というところまで見ました。今回は、その投資枠の中身を開けてみます。
資料は「Ⅱ 令和9年度予算概算要求のポイント」。重点要求は三つの柱に整理されており、その第一が「戦略分野を中心とした官民連携の国内投資の徹底」です。この柱は、さらに四つに分かれています。
- 創薬・先端医療
- デジタル・サイバーセキュリティ
- AI・半導体
- 防災・国土強靱化など
医療・介護のAI導入は、3番目の「AI・半導体」に置かれています。産業政策の分類の中に、医療と介護が入っている形です。
投資枠1兆337億円は、どこに向かうのか
各項目には要求額が付されており、そのうち投資枠に計上した分が明記されています。拾って並べると、こうなります。
| 項目 | 令和8年度当初 | 令和9年度要求額 | うち投資枠 |
|---|---|---|---|
| 1. 創薬・先端医療(5事業の合計) | 712 | 6,370 | 6,177 |
| 2. デジタル・サイバーセキュリティ | 14 | 2,561 | 2,561 ※ |
| 3. AI・半導体 | − | 283 | 283 ※ |
| 4. 防災・国土強靱化など | 56 | 731 | 639 |
(単位:億円。厚生労働省「Ⅱ 令和9年度予算概算要求のポイント」より作成。※印の2項目は資料に「投資枠計上分のみ」と注記があり、通常の経費に計上された分は含まれない。1・2・4には別途「事項要求」がある)
投資枠1兆337億円のうち、およそ6割にあたる6177億円が創薬・先端医療に向かっています。次いで医療DXが2561億円で約25%。防災が639億円。
そして「AI・半導体」は283億円で、投資枠全体の3%に満たない規模です。
「AI・半導体」283億円の中身
この283億円は「医療、介護、障害福祉分野におけるテクノロジー導入等への支援」という一本の事業です。前年度は「−」、つまり新規です。内訳として四つの項目が挙げられています。
- AI活用医療機器の評価に必要な手法の実証・体制強化
- AI活用を含めた介護テクノロジーの導入・協働化・経営改善等に対する支援
- 障害福祉分野におけるテクノロジー導入等に対する支援
- 福祉分野における相談対応等へのAI活用
リード文には、根拠となる上位計画が書かれています。「AI基本計画・バーティカルAI領域別戦略に基づき、重点領域である創薬領域や医療・介護・福祉領域において、人材を含むAI基盤や研究開発・実証への集中投資を推進する。」
注目したいのは、その直後に付された但し書きです。「※創薬については〈1. 創薬・先端医療〉に記載。」
AI関係の予算は、三か所に分かれている
この但し書きが示すとおり、AIに関する要求は「AI・半導体」の項目だけに収まっていません。創薬・先端医療の側を読むと、AIという語がいくつも出てきます。
- 「診断機器分野では、AI技術の進展を迅速に取り込むため、オープンイノベーションコア拠点を強化し、世界市場に展開する」(革新的デバイスを活用した先端医療の推進/192億円・前年度19億円)
- 「AIを用いたSaMD・小児用医療機器の実用化促進」(同上)
- 「AI創薬人材の育成」(革新的医薬品の創薬環境整備/1483億円・前年度365億円)
- 「データヘルスを基盤とした『AI予防医療モデル』の構築」(ライフサイエンスデータ等の利用基盤整備等/252億円・前年度69億円)
さらに、後述するデジタルの項目にも「医療現場におけるAI技術等を活用した業務効率化の推進」があります。
つまり、AI関係の要求は創薬・デジタル・AI半導体の三か所に分散しています。「AI予算283億円」という数字だけを見ても、この要求におけるAIの位置づけは見えてきません。逆に言えば、AIは独立した政策分野としてではなく、創薬・医療機器・介護現場・情報基盤のそれぞれの中に埋め込まれる形で要求されている、ということです。
金額が動いたのは、電子カルテだった
四つの分類のうち、伸び方がもっとも際立っているのは2番目です。
「医療情報システムのクラウドネイティブ化とサイバーセキュリティ強化、病院DXの推進、全国的なデータ連携基盤の整備」。要求額2561億円。前年度当初予算額は14億円と記されています。
ここは慎重に読む必要があります。この2561億円には「投資枠計上分のみ」という注記が付いています。投資枠は今年新設された枠であり、前年度に対応する枠は存在しません。医療DX関連の予算は従来から別の基金等でも措置されてきた経緯があり、14億円という数字がこの分野の前年度予算のすべてではありません。単純に183倍になった、という読み方は正確ではないのです。
それでも、投資枠という新しい器に2561億円を積んだという事実は残ります。創薬に次ぐ、第二の規模です。
リード文は、方針を明確に述べています。
「オンプレミス型の医療機関情報システムをクラウドネイティブ型に刷新することにより、サイバーセキュリティ対策の強化、全国的なデータ連携基盤の構築を図る。」
内訳には13の項目が並びます。冒頭の二つは、こうです。
- 認証されたクラウドネイティブ型電子カルテ製品の普及支援
- 大病院向けのクラウドネイティブ型製品の開発支援
製品のカテゴリーを名指しした書き方になっています。既存の院内設置型システムからクラウド型へ移行させることが目的として明示され、その普及と開発の両方に支援を付ける、という構成です。
続く項目も並べておきます。医療機関のサイバーセキュリティ強化、医療現場におけるAI技術等を活用した業務効率化の推進、医療費助成のオンライン資格確認の推進、マイナ保険証の更なる利用環境整備、電子処方箋の機能拡充と利用促進、電子カルテ情報共有サービスの共有情報の拡充、介護情報基盤の整備、障害福祉データベースの整備、医療等データ利活用基盤の構築の加速化、医薬品・医療機器等製品データベースの構築、予防接種事務のデジタル化。
近年の医療DXで個別に議論されてきた施策が、ほぼ一つの項目の下にまとめられています。
アスタリスクが示すもの
この資料には、項目の末尾に小さな「*」が付いているものがあります。ページの下に凡例があります。
「*・・・令和7年度補正予算で計上していた事項を含む。」
デジタルの13項目のうち、9項目にこの印が付いています。AI・半導体の4項目のうち2項目にも付いています。
前回の記事で触れたとおり、今回の概算要求の基本方針には「補正予算依存から脱却し恒常的な施策は当初予算に計上するため、適切に要求・要望」という一文がありました。この「*」は、その方針が実際にどこへ効いているかを示す印です。医療DXや介護テクノロジーの支援の多くは、これまで年度途中の補正予算で毎年つないできました。それを当初予算に移そうとしている、という対応関係が読み取れます。
補正予算は単年度の措置であり、翌年も続く保証がありません。導入に数年かかるシステムを、単年度の補助金を頼りに計画するのは難しい。当初予算に移るということは、その前提が変わるということでもあります。
年末に向けて
ただし、ここでも「事項要求」が付いています。デジタルの項目は「2561億円+事項要求」と書かれており、金額の一部は年末の予算編成過程に持ち越されています。
要求は要求であって、決定ではありません。上限のない投資枠に積まれた数字が、そのまま通るとは限らない。前回見たとおり、投資枠と通常歳出との関係は「予算編成過程において精査」とされたままです。
それでも、この資料から読めることはあります。医療・介護のデジタル化について、国は「オンプレミス型からクラウドネイティブ型への刷新」という方向を、今回はっきりと文章にしました。AIについては、独立した大型予算を組むというより、創薬・医療機器・介護現場・情報基盤のそれぞれに埋め込む形をとっています。
どちらの選択も、現場に与える影響は小さくありません。院内にサーバーを置く前提で組まれてきた業務やコスト構造は、クラウドへの移行で変わります。介護現場のテクノロジー導入支援が補正予算から当初予算に移れば、事業所は複数年度の計画を立てやすくなります。
それが本当に現場の負担軽減と、国民が受け取る医療・介護の質の向上につながるかどうかは、これから決まる制度の細部しだいだと思っています。年末の予算編成、そしてその後の運用の設計を、丁寧に見ていく必要があると思います。
参照した資料
- 厚生労働省「令和9年度厚生労働省所管予算概算要求関係」
https://www.mhlw.go.jp/wp/yosan/yosan/27syokan/index.html - 同「Ⅱ 令和9年度予算概算要求のポイント」(同ページ内)