医療・介護DXの予算を事業単位で開ける — 「AI・半導体」枠の中身は、介護現場のテクノロジー補助だった

前回は、令和9年度概算要求の投資枠1兆337億円の配分を見ました。「AI・半導体」は283億円で、投資枠全体の3%に届かない。「デジタル・サイバーセキュリティ」は2561億円。そこまでが、省全体をまとめた資料から読める範囲でした。

厚生労働省の概算要求資料には、この上に部局別の資料があります。医政局、保険局、老健局といった単位で、事業ごとに金額が振られているものです。今回はそちらを開けてみます。

結論から書くと、「AI・半導体」という戦略分野の名前で括られた予算の中身は、半導体でも創薬AIでもありませんでした。

283億円の内訳が、部局別資料に出ている

省全体の資料では、「AI・半導体」の項目は「医療、介護、障害福祉分野におけるテクノロジー導入等への支援 283億円」という一本の事業として書かれています。前年度は「−」、新規です。

この事業に対応するものが、部局別の資料に現れます。

老健局の資料には、「◆戦略分野『AI・半導体』」という見出しの下に、こうあります。

「介護テクノロジー導入・協働化・経営改善等支援事業(新規) 240億円」

障害保健福祉部の資料にも、「【AI・半導体】」の見出しの下に、こうあります。

「障害福祉分野におけるテクノロジー導入等に対する支援 26億円(新規)」

240億円と26億円で266億円。省全体の資料にあった283億円の、9割を超えます。残りが医療分野(AI活用医療機器の評価手法の実証など)と考えられます。

つまり、「AI・半導体」という戦略分野の看板で計上された283億円のうち、大半は介護事業所と障害福祉事業所がテクノロジーを導入するための補助金です。老健局の説明文はこう書いています。「介護事業所においてAI活用を含めた介護テクノロジー等を導入する費用及び地域全体で導入する費用の補助を行う。」

看板と中身が違う、という話ではありません。国の成長戦略の分類に医療・介護の現場支援を載せると、こういう見え方になる、ということだと思います。

「新規240億円」の括弧に書かれていたこと

ここからが、この資料の読みどころです。

老健局の資料は、事業名と金額の後ろに括弧書きを付けています。先ほどの240億円の事業には、こう添えられていました。

「240億円(令和7年度補正予算 220億円)」

「新規」と書かれた240億円の事業は、前年度の当初予算には確かに存在しません。しかし前年度の補正予算では、220億円が措置されていました。

同じ書き方が、並んでいる事業すべてに付いています。老健局の「介護分野におけるDX・科学的介護の推進、生産性向上の取組を通じた介護サービスの質の向上等」という分野を、そのまま並べてみます。

事業令和8年度当初令和9年度要求(令和7年度補正)
介護テクノロジー導入・協働化・経営改善等支援事業(新規)−240億円220億円
介護関連データ利活用に係る基盤構築事業(拡充)57百万円129億円125億円
介護保険制度の運用等に必要なシステム整備事業(拡充)1.2億円123億円94億円
介護サービス情報公表システム整備等事業(拡充)3.8億円9.6億円8.1億円
介護テクノロジー開発・普及等加速化事業(拡充)3.2億円8.8億円5.6億円
科学的介護に向けた質の向上支援等事業(拡充)39百万円89百万円50百万円

(厚生労働省「令和9年度概算要求の概要(老健局)」より作成)

この分野の合計は、資料に明記されています。「(R8予算)28億円 →(R9概算要求)543億円」。19倍を超える伸びです。

しかし、右端の列を足すと、453億円になります。前年度の補正予算で、すでにこの規模が措置されていたわけです。

19倍という数字は、当初予算どうしを比べた場合の姿です。補正予算を含めて見れば、金額の絶対水準がそこまで跳ねたわけではありません。

これは「補正予算依存からの脱却」の実行です

第1回で見たとおり、今回の概算要求の基本方針には、こう書かれていました。「補正予算依存から脱却し恒常的な施策は当初予算に計上するため、適切に要求・要望。」

老健局の資料に並ぶ括弧書きは、その方針が事業単位でどう実行されているかを、そのまま示しています。毎年の補正予算でつないできた介護テクノロジーの導入補助を、当初予算に移す。だから当初予算だけを見ると急増して見える。

資料が補正予算額を併記しているのは、この対応関係を読み手に示すためだろうと思います。数字を大きく見せたいのであれば、書かない選択もあり得たはずです。

現場から見ると、この移し替えには意味があります。補正予算は年度途中に決まり、単年度で終わります。導入に時間のかかる機器やシステムを、翌年も続く保証のない補助金を前提に計画するのは難しい。当初予算に移れば、少なくとも年度当初から予定が立ちます。

保険局の「医療DX」は、ほぼ全部が新規計上だった

医療側も見ておきましょう。保険局の資料には「医療分野におけるDXの推進」という項目があり、8つの事業が並んでいます。

事業令和8年度当初令和9年度要求
① 診療報酬改定DX(共通算定モジュールの開発等)【投資枠】−83億円
②ア 制度改正等に伴う国保総合システム等の改修経費【一部投資枠】−88億円
②イ 国保総合システムの最適化・審査領域の共同開発等−36億円
③ 国保保険者標準事務処理システムの機能改善等【一部投資枠】−85億円
④ア 後期高齢者医療広域連合電算処理システム改修【一部投資枠】−133億円
④イ 金融所得の保険料等への勘案に伴う対応【投資枠】−56億円
⑤ 公共サービスメッシュ対応の中間サーバー改修【投資枠】−4.4億円
⑥ア 出産に対する給付体系の見直しに伴うシステム改修【投資枠】−74億円
⑥イ 「出産なび」のシステム改修等46百万円5.8億円
⑦ 保険医療機関等管理システム改修経費【デジタル庁】11億円58億円
⑧ DPCデータベース管理運用システム更改等【一部投資枠】2.4億円15億円

(厚生労働省「令和9年度予算概算要求(保険局関係)の主な事項」より作成)

合計するとおよそ638億円。前年度当初予算額が付いているのは3事業だけで、その合計は約14億円です。

そして、事業名を眺めているとわかることがあります。ここに並んでいるものの多くは、制度が変わることに伴うシステム改修です。高額療養費制度の見直し、金融所得を保険料に勘案する仕組み(令和8年5月に成立した健康保険法等の一部を改正する法律に盛り込まれた)、出産に対する給付体系の見直し、自治体システムの標準化とガバメントクラウドへの移行、情報連携基盤の切り替え。

「医療DX」という言葉から連想されるのは、電子カルテやオンライン診療かもしれません。しかし保険局の予算の実体は、制度改正に制度側のシステムを追随させるための費用です。制度を変えれば、必ずシステムを直す費用が発生します。その分がここに現れています。

そのなかで、新しく作っているもの

もっとも、追随ばかりではありません。①の診療報酬改定DXは、性質が違います。

説明文にはこうあります。「医療DX工程表に基づき、本年6月から運用を開始した共通算定モジュール(医科・DPC)の追加機能としての『請求支援機能』の開発等を着実に進めるための支援等を実施する。」

共通算定モジュールは、改定のたびに各ベンダーがそれぞれ行ってきた点数計算の作り込みを、共通の部品にまとめる取り組みです。改定作業の重複をなくす方向の投資であり、既存システムの改修とは向きが逆といえます。

次の改定の準備が、すでに始まっている

もう一つ、医療と介護の両方に共通して現れている記述があります。

保険局の⑦には、「令和10年度診療報酬改定に係るシステム改修や制度改正対応に係る改修、次期システム刷新に係る設計・開発等を実施する」とあります。

老健局の「介護保険制度の運用等に必要なシステム整備事業」には、「令和9年度及び10年度の報酬改定・制度改正等に対応するため、都道府県システム、市町村等(保険者)システム及び都道府県国民健康保険団体連合会の『介護保険審査支払等システム』の改修を行う」とあります。

令和8年度改定が実施されたのは、この年の4月です。その半年後の概算要求に、すでに令和10年度改定に向けたシステム準備が計上されています。改定の議論が中医協で本格化するのはもっと先ですが、システムを直す側の準備は2年前から動きます。診療報酬改定という作業の実際の長さが、こういうところに出ます。

四か所目のAI

前回、AIに関する要求が創薬・デジタル・AI半導体の三か所に分散している、と書きました。部局別資料を見ると、もう一か所あります。

保険局の「攻めの予防医療の推進」の筆頭に、こうあります。

「データヘルスを基盤とした『AI予防医療モデル』の構築 50億円(−億円)【投資枠】」

説明文はこうです。「AIを活用することにより、保健事業やレセプト・健診情報等のデータを分析・構造化し、その結果に基づいて、小規模な保険者など、取組が十分でない保険者に対しても、健康課題に応じた最適な保健事業の選択肢を提示し、効果的な保健事業を推進していく仕組みを構築する。」

単独で50億円。「AI・半導体」枠283億円の6分の1にあたる規模が、別の分野の別の項目として立っています。AI関係の予算を全体として把握しようとすると、少なくとも四か所を横断して足す必要があります。

言葉の内訳を見るということ

ここまで見てきたことを、整理しておきます。

「AI・半導体」283億円の大半は、介護と障害福祉の現場へのテクノロジー導入補助でした。その240億円は「新規」ですが、前年度の補正予算で220億円が措置されていました。介護分野のDX予算は当初予算どうしでは19倍ですが、補正予算を並べると景色が変わります。保険局の「医療DX」638億円の多くは、制度改正に伴うシステム改修です。そのなかで診療報酬改定DXは、改定作業そのものを軽くする方向の投資として立っています。

どれも、資料に書かれているとおりのことです。ただ、省全体の資料だけを見ていても、部局別の資料だけを見ていても、この形にはなりません。両方を並べたときに、はじめて内訳が見えてきます。

医療にも介護にもDXという言葉がかかっていますが、その下に入っているものは、制度改正への追随、現場への導入補助、基盤の共通化と、性質が異なります。どれが増えて、どれが後回しになるかで、現場が受け取るものは変わってきます。介護事業所が機器を導入できるかどうかと、審査支払システムが制度改正に間に合うかどうかは、同じ「DX」という言葉の中にあっても別の話です。

年末の予算編成で、この内訳はどう動くのでしょうか。国民が受け取る医療と介護の質にとって、どの配分が望ましいのか。事業単位まで下りて見ておくと、12月に出てくる数字の意味が読みやすくなると思います。

参照した資料

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